睡眠時の「呼吸位」について

皆さん、お元気に過ごしておりますか?寒さはまだ厳しいですが、立春を過ぎ、これからは少しずつ暖かくなってきますね。

 

さて、お話は前回の続きです。勉強したことをお話しします。
呼吸の重要性のお話を中心にしましたが、今回はさらに呼吸について深堀をしていきます。

 

皆さま、「呼吸位」という言葉を聞いたことがありますか?私も初めて聞きました。
人には夜寝ているときに呼吸のための下あごの位置が別にあるそうです。
つまり「呼吸位」とは、人は睡眠時に呼吸の確保のために顎を大きく動かしていて、起きているときには再現不可能なほど下顎が大きく動くポジションのことを言います。
これを聞いて私は腑に落ちました。

 

私の患者さんの1人が、明らかに歯ぎしりをしていて、そのために上の前歯が削れているのですが、削れているところと原因の下の歯がかみ合いません。正確にはどれが原因の歯かわかりませんでした。
歯ぎしりしてみてくださいとお願いしてやってみてもらっても再現されません。もっと思いっきりしてみてくださいといってもまだ再現できません。試しにこちらでかみ合うまで誘導して下顎を前方に引っ張って移動させてみると削れた面と該当の歯の形が一致するではありませんか!ただし常識ではありえない位置です。歯ぎしりするために行った運動としては考えられない程度だったのでとても疑問に思いました。
でも今回の学びで、呼吸のために移動した位置と考えると納得がいきました。
人は昼夜で異なる役割を持つ「2極咬合」という機能を持ち合わせているそうです。
1極目は日中通常に行われている咀嚼、発音のため機能する下顎の運動である、顎関節の下顎頭を回転軸として開閉運動をする動きです。
これに対し2極目とは寝ている間に行われる呼吸確保としての下顎の運動である、ちょっと表現しずらく分かりずらいと思いますが、のどを開くために前歯部を回転軸として後口蓋部を開大反射する下顎の運動です。これにより気道が拡大して寝ているときの呼吸がしやすくなります。

 

それでは質問です。人が生きていくうえで一番大事なものは次の3つの水、食べ物、呼吸(酸素)のうちどれでしょうか?
皆さまは、すぐにおわかりですね。
答えは 呼吸(酸素)> 水 > 食べ物 です。
呼吸が一番大事です。これは以前のブログでも人は何の機能から獲得していくことのお話しでも触れましたね。
呼吸を3~5分行えないと人は死んでしまいます。酸素が有料で吸える場所が限られると大変なことになりますよね。
次に水ですが1週間程度持ちます。食べ物も水があれば、食べなくても1ヶ月くらい持ちこたえるかもしれません。
そのため、人は酸素を得るために必死になります。
年をとるとだんだん歯が咬耗して、前歯部が削れ、骨のコブである骨隆起ができてきます。その理由は咬合力という強い力がかかるからで、一般的に男性は60kg、女性は40kgの咬合力がかかると言われています。
噛むだけで果たして歯が削れたり割れたりするのでしょうか。TCHのお話でも以前触れていますが、食事の時間は朝、昼、晩の1日3回の合計で1時間ほどです。そのうち歯と歯が実際に当たるのは10分~20分です。

 

それでは、若い人の方が噛む力が強いので若いうちから歯が削れるのでは?という疑問が出てきます。
これは上記の呼吸の問題が関係しています。
前回触れた睡眠時無呼吸症候群になると呼吸がうまくできず酸素が不足して体は大きなダメージを受けます。人は50歳くらいになると筋力が少しずつ衰えます。それは口腔内も同じことです。
睡眠時に筋肉が緩んで仰向けで寝ると舌の根元(舌根)が垂れ下がってきて、のどの狭い気道を空気が通過するときに振動が起こりいびきとなります。一時的に完全に気道がふさがるといびきが止まり、その気道が閉塞した状態が和らぐといびきが再開します。
このような状態のとき、人は呼吸ができない状態になり、溺れているような状況になります。5分も息のできない状態が続くと死んでしまいます。
そのために必死に息をしようともがき、下あごを上に突き出し、舌を持ち上げようとして呼吸をできるようにするのです。この過程で邪魔な歯が削れていくのです。食べる時とはけた違いの力がかかっているので、どんどん削れたり、歯が割れたりすることもあります。
もちろん通常の歯ぎしりや食いしばりでも同じような現象が見られるでしょうが、命がかかっているので、歯にかかる力は比べ物にならないと考えられます。

 

年を取ると舌の筋肉が衰えてこのような現象が起きやすくなるので舌の力を落とさない対策が必要です。
みらいクリニックの医師の今井一彰先生考案のあいうべ体操をやってトレーニングしたり、当クリニックではあげろーくんというトレーニング器具を販売しています。

 

みらい歯科クリニック様「あいうあいうべ体操」

 

これは年を取るとだれでも起こる現象なのですが、このようなことができるだけ発現するのを遅くしたいですよね。

 

しかし、この現象のことを考えると歯科治療が及ぼした影響がかなりあると思われます。
口の中を狭くして舌を後方に押しやってしまう治療がまず考えられます。不適切な被せ物や抜歯矯正がそうですよね。抜歯矯正は歯を抜くことで歯並びのための隙間を作ることを目的とします。イメージとしてもともとMサイズの口をきれいに見せるためにSサイズに変更してしまうようなものです。口の中の中身である舌にとっては窮屈な口の中になってしまい後方に下がってしまいます。当院では矯正のために歯を抜かない事を以前から推奨しており、そのために歯並びの早期相談と床矯正による歯列弓の育成による口腔内を広くして育てていく取り組みを以前から行ってまいりましたが、その方針は間違っていなかったと確信しております。
次に下顎が前方に出ていきにくくなって、呼吸位を再現できなくなる、あるいは妨げる治療や調整も避けなければなりません。噛み合わせの与え方が重要です。
それと、舌の動きを妨げてしまう治療も気をつけなければなりません。最初の状態よりもちょっとでも被せ物やブリッジ、義歯の人工歯が内側に並んでしまうと舌を動かしずらくなり、さまざまな不定愁訴を作り出してしまう原因となるのでできるだけ今ある状態と同じか若干広くする必要があります。そうすると呼吸が良くなってトラブルが少なくなります。

 

ここまでのまとめとして、呼吸は生体とって最重要事項で、それを確保するためにどんなことでもしてしまうこと、睡眠時の呼吸にとって下顎の位置、舌の位置の問題は非常に大きいこと、舌がのどに落ち込まないためには舌の筋力が必要だが、加齢とともに衰えていくこと、歯科治療によって重大な影響を与えるので呼吸位や舌の動きを妨げないように配慮して治療を行っていかなければならないということを学びました。
誰もが健康でありたいと思います。
その健康維持、増進、改善で一番いいのは何でしょう?
これまで学んできてわかったのはそれは呼吸の改善と良質な睡眠をとり酸素を十分に補給することです。大きく引き離されてその次が運動療法や食事療法、デトックスやサプリメントの補給です。呼吸改善には鼻呼吸や安静時の舌のポスチャー(正しい位置にあること)が重要で、舌の力が十分備わっていること、呼吸位の安定、上下左右第一小臼歯(前から4番目の歯)の咬合が安定していることも必要だと言われています。

 

次回は顔の成長方向と美しさ、呼吸との関係についてお話ししたいと思います。